Weekly Matsuoty 2003/07/22
ページをめくって人生を決めない
 
三重県伊勢市で、最も繁盛していると言わ れる飲食店を経営する35歳の若手経営者、 渡辺文昭氏は、高校時代、女子更衣室を 天井の節穴から覗き見するなど、男なら誰 でもやりたいちょっと悪いことをいろいろ とやり、何度も停学処分をくらったため、 卒業するのが精一杯だったという。 もちろん、大学進学は、はなから無理だと あきらめていた。

そこで、学校の先生は、卒業後の就職先を 探すように渡辺氏に「進路指導」した。 しかし、渡辺氏はこの先生にずいぶん反発 したようだ。

「伊勢の田舎でずっと育ってきて、社会に はどんな仕事があるのかさえよく知らない のに、どうやって自分のやりたい仕事を 見つけたらいいんですか?!」

しかし、先生は、渡辺氏のこの質問に対す る答えを持っていなかった。かわりに先生 が渡辺氏に渡したのは、様々な職業の資格 を目指す人のための分厚い専門学校のパン フレットである。渡辺氏は、そのパンフ レットをめくりながら、ついに切れた。

「こんなパンフのページをめくって、自分 の仕事、自分の人生を決めるんですか?」

結局、渡辺氏は、「自分が何をやりたいの か」を探すために、徒手空拳で東京に上京 する。土方で生活費を稼ぎ、焼き鳥屋の客 の残りもので腹を満たす生活、そして、あ る起業家との出会いなど、それからの波乱 万丈の経験は、ぜひ本や講演で聞いてもら いたい。

さて、渡辺氏のように自分に正直な人間、 悪く言えばわがままな人間ほど、仕事選び には迷うはずだ。やったこともない仕事が 自分に向いているかどうか、面白みを感じ るかどうか、やってみるまでわかるわけが ない。私自身、学生時代の就職活動の面接 でm「自分のやりたいことはよくわかりま せん」とうっかり口を滑らし、面接官の方 に説教されてしまうという苦い経験がある。

しかし、だからといって何もしなければ、 何も発見や気付きはないのだから、とにか く何らかの仕事を始めるしかない。大事な のは、それからの自分の仕事や人生をどう 作っていくかである。

では、上記のように本来的に試行錯誤的な ものにならざるを得ないキャリア形成にお いて、幸せなキャリア・人生をつかむには 何が必要なのだろうか。

多くのビジネスパーソンのキャリアを調べ てきた高橋俊介氏(慶應大学教授)によれ ば、自律的なキャリア形成行動ができるこ とが幸せなキャリアづくりに必要だが、本 質的には2つの資質が大事だという。一つ は、「自己主張」、もう一つは、「柔軟性」 である。

「自己主張」とは、簡単に言えば、我を通 すということである。将来的にやりたいこ と、好きなことが明確で、それを主張でき ればベターだ。しかしそうしたことがなく ても、日々の行動において、自分がこうし たい、こっちの方がいい、これが好きとい うことを決めるのは簡単なはずだ。大事な ことは、回りに流されず、日々、自分で考 え決断し、自己主張し続けることである。

一方、「柔軟性」は、「自己主張」とはあ る意味対極にある要素である。どんなに自 己主張したとしても、常に自分の言い分が 通るとは限らない。しばしば不本意な境遇 に置かれることがある。

例えば、マーケティング部への配属を強く 主張したのに、人事部に回されてしまうよ うなことである。ここで、腐ってしまわず に、視点を切り替えて、物事をポジティブ に捉え、積極的に取り組む「柔軟性」を発 揮できるかどうかがポイントである。

ある元人事担当者によれば、人事部の仕事 は、社員向けのマーケティングだと言う。 つまり、人事部にいてもマーケティングの ノウハウを学ぶことはできるのである。実 際、彼は人事部に10年弱いた後、現在は マーケティング部に所属している。

考えてみれば、渡辺文昭氏も、関西人らし い「自己主張」の強さと、どんな厳しい境 遇においてもへこたれない「柔軟性」を 持っている。彼がブライダルレストランの 開業資金集めのために出資者回りをした際 には、彼らが「どんな断り方をするのか」 を100通り集めようと考え、客観的に観察 し、メモしたという。

そういえば、以前のメルマガに書いた、 「人生の8割は運命で決まり、自分の意志で 決めることができるのは2割に過ぎない」と いうことと、上記2つの資質は深く結び付 いているように感じる。

人生を悔いのないものにするためには、自 分がコントロールできる2割しかない部分を きっちり「自己主張」して、自分で決めて いきたいものである。同時に、残り8割は運 命に翻弄されるのならば、その運命を恨ん でも意味がない。むしろ、柔軟に視点を切 り替えることで、マイナスと思えたことを 一転してプラスに変えることである。

私は、キャリア教育にも強い関心を持って いるが、若い人たちが、安易にページをめ くって人生を決めてしまわないためにも、 なるべく早い段階から、「自己主張」と 「柔軟性」を培うことのできる教育が、 もっともっと必要ではないかと感じた。
 
close