Weekly Matsuoty 2001/03/20
IT革命がもたらすもの
 
 「IT革命がもたらすもの」なんて、めったに使わない正統派タイトルだなと思いつつ・・・。

 先日、慶応大教授の樋口美雄氏が、一昔前のFA(Factory Automation=工場のロボット化)が推進された時代と、IT(情報技術)をテコとする企業革新が進む現代のそれぞれの労働環境の違いについて話をされていた。

 樋口教授によると、FA時代は、正社員をどんどん採用しており、勤続年数も長期化していたのに対し、IT革命進行中の現代においては、契約社員や派遣社員、パートタイマーが増加しているという労働環境の違いがあるという。

 FAの導入が求められたのは、工場の24時間操業といった生産性の向上や、人手不足への対応が必要だったからであり、そこには規模の経済の追求があった。一方、IT革命がもたらす効果は、範囲の経済性だという。「範囲の経済性」というのは理解しにくい言葉だが、大量生産方式によって規格化・標準化された製品を低コスト化する、という規模の発想ではなく、限られた資源を多面的に利用することによって、コストを低減化するという発想である。例えば映画作品を映画館での上映だけでなく、レンタルや売り切りビデオ化、CS放送への放映権への販売といった様々な活用(使いまわし)を図れば、1本あたりのコストは飛躍的に下がるといったことが、範囲の経済性である。

 さて、これが本題ではなかった。私が樋口氏のを聞きながら思ったのは、正社員が減少し、派遣やパートタイマーといった非正社員が増加するという労働環境の変化と、ITの進展は必ずしも密接な関係があるわけではないんじゃないか、という点である。FA化が推進されたのはまぎれもなく労働上の制約を打破するためであったが、ITについては、ハードウェアの急速な進歩と低コスト化や、またインターネットの普及という、技術的なドライブによるものであり、必ずしも労働上の問題解決のためではない。

 一方、現在の労働環境の変化は、内外の競争激化により、サービス水準を維持しつつ、低価格化を進めなければならないという状況において、企業としては、人件費に手をつける以外にコストダウンの方策がなくなったためである。単なるお荷物社員を福祉事業的に雇用しておくわけには行かないから、成果主義でダメ社員には辞めてもらうしかないし、、同じ仕事内容だったらなるべく安い人を雇いたいから、派遣社員に置き替える。働く立場の人間から見れば本当に厳しい時代になった。

 ところで、そもそも機械や道具は、人間の力を増幅してくれるものである。例えば自動車や飛行機の発明は、とても歩いては行けないような場所への旅行を可能にした。そして、IT、特にインターネットというツールは、人間のコミュニケーション能力を大幅に高めてくれるものである。しかもそれは組織ではなく個人レベルで縦横に使えるツールだ。

 現在のような厳しい労働環境において、ITというのは、天から与えられた武器ではないだろうかとふと思う。「今、この武器の使い方をマスターして闘いなさい、そして、組織に従属するのではなく、自律しなさい」と言うメッセージが送られているような気がする。つまり、IT革命は企業環境の変化が引き起こしているのではなく、IT革命自体が、新しい人の生き方をもたらしてくれる自律的な変化ではないか、と思うのだ。
 
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