Weekly Matsuoty 2003/02/18
自分が惚れるもの
 
“クルマの場合で言うと、市場の声を聞けば きくほど、重くて大きく、使いにくくて高い ものになる。揚げ句に市場を失ってしまうこ とになる”

これは、初代セリカの設計者であり、現アイ シン精機会長、和田明弘氏の言葉だ。そうい えば、ゴーン社長の意思で復活したばかりの 以前の「フェアレディZ」も、モデルチェンジ を繰り返すたびに大きく重く、高くなり、顧客 の支持を失っていった。

“新商品がなぜ売れなかったのか。業界を問 わず、多くの開発担当者が、「消費者ニーズ がつかめなかった」「発売のタイミングが悪 かった」と言う。市場分析が甘かったという のだ。”(東京大学大学院教授、片平秀貴氏)

片平教授は、開発担当者のこんな言い訳以上 に、“よく聞くと、自分たちと同世代向けの 商品をつくりながら、だれ一人、自分では購 入していない”という点を問題視する。

“客の顔色を見ながら商品開発してきたこと が、ディオールのブランドアイデンティティ を薄める原因になった”(クリスチャン ディオール社長、田島寿一氏)

ディオールの田島氏は、既存客の嗜好に合わ せることばかりに終始すると、ブランドの方 向性を客が決めることになってしまうと危惧 する。

上記に紹介したような意見が最近目立つよう になってきた。(私が関心を持っている領域 だから目に付きやすいというものあるだろう) ただ、近年、顧客志向の考え方をベースとし て、顧客情報の活用が注目されてきたし、IT の進展によって、相対的に低コストで膨大な 顧客データが収集できるようになったことで、 データに依存しすぎの傾向が感じられる。

私自身、長年マーケティングリサーチに従事 してきて痛感しているのは、リサーチ結果自 体には「答えはない」という点だ。現状把握 や、あらかじめ想定した仮の答え(これを 「仮説」と呼ぶ)の検証はできるが、答え自 体を探索、あるいは発見することを目的とし たリサーチ手法を試みたとしても、顧客がダ イレクトに、「こんな製品がほしい」と教え てくれることはほとんどない。もし仮にそん なことがあったとしても、既存製品の小幅改 良に役立つ程度か、ありきたりのアイディア がせいぜいである。

私は、リサーチの有効性を否定しているわけ ではない。顧客の声を聞きさえすれば、答え がポンと得られると考えがちなマーケターの 安易な姿勢が問題である。顧客の声さえ聞け ば売れる製品が作れるのであれば、ビジネス は簡単だ。

そもそも、ユーザーが言葉で明確に伝えられ るニーズは限られている、また、アンケート 調査のような、通常のリサーチ手法は、実際 の製品・サービスの利用場面から切り離され ているため、その回答は、必ずしも消費者心 理を適確に反映されたものとは限らない。

マーケターに求められているのは、様々な情 報を元にして、深く考え、感じ、腹にストン と落ちるような形で、顧客理解を進めること であり、そこから創造性を発揮して、顧客が 言葉にできないニーズを反映した製品コンセ プトを生み出すことである。

前出の和田氏はこう言う。

“何を頼りにモノを作ればいいのか?それは 「自分」だと思います。自分自身だって、一 人の立派なユーザーです。その自分が乗りた いクルマ、使いたいモノを作るんだと、そう 考えればいいじゃありませんか”

片平教授はこう言う。

“ヒット商品を生んだ開発者に共通するのが 「自分が欲しいものがなかったので作った」 という発言だ”

“自分の好きなものを開発しようと考えた時、 問われるのは開発者自身の経験である。消費 者としての経験が豊かでないとヒット商品に 結びつくアイディアは出せない”

つまり、「自分がとことん惚れるものが作れ るかどうか」そして、「一生活者として豊富 な消費体験を有しているか」が、商品開発の 鍵である。顧客情報に限らず、あらゆる情報 やデータはなくてはならないものではあるが、 優れた商品を生み出す十分条件ではない。
 
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