事務所宛に私信の手紙が届いた。昔ながら
の白い封筒に、手書きで宛名が書いてある。
差出人は女性の名前だ。この名前には覚え
がないが、なぜか、どきどきしながら封を
切る。(^^;;
手紙は、青い万年筆で書かれた達筆の文字
が軽やかに踊っている。読まずにはいられ
ない魅力があった。
「お手紙を差し上げましてから まだ一度
もお姿を見せて下さらないので 待ちきれ
ずにペンを取ってしまいました。毎日のよ
うにお店の入口の方が 気になり マネー
ジャーが“いらっしゃいませ”というたび、
あなた様ではと思いながら目を向けてしま
います。」
「会えることだけを楽しみにしております
のに・・・ ちょっぴり淋しい思いをして
おります・・・」
そう、これは銀座のある高級クラブのママ
さんからのダイレクトメールである。半年
前にも同じところから手紙が来ていたのを
思い出した。
銀座のクラブ活動は高くつきすぎる(と思
う)ので、さすがに、この見ず知らずの
ママさんの店に行くことはないが、こうし
た手書きのDMは、随分と手間をかけてい
ることがわかるので、心が結構動く。(笑)
たとえ、販売(集客)が目的であったとし
ても、相手が自分に対して相当の労力をか
けてくれたことが感じられる時、人の自尊
心はくすぐられる。悪い気はしない。この
ママさんの手口にまんまと引っかかって、
銀座のクラブ活動に精を出すようになった
方も結構多いのではないかと思う。
こうしたきめ細かいマーケティングは、中
小零細企業だからこその施策である。類似
の事例をもう一つ紹介する。ある個人経営
のリサイクルショップでは、来店客に対し、
来店の礼状を当日中に書き、投函するとい
う。客は、昨日行ったばかりの店から翌日
に礼状が届くのでギャーと驚く。
(出所:福岡のコンサル、栢野克己氏の楽
天日記)
ところで、「CRM」は商売の原点への回帰で
あることは今更言うまでもないだろう。商
店街の八百屋・魚屋のおやっさんが、馴染
み客の家族の好みを知り尽くして、最適な
提案を行っていることこそが、「CRM」に
他ならない。
つまり、「CRM」とは個別対応に本質がある
わけで、これは上記の銀座のクラブのよう
に、事業規模が小さければ小さいほど実施
しやすい。記憶容量はさほど大きくはなく、
処理能力も高くはないが、柔軟で複雑な情
報処理が可能な、人の「頭脳」という、優
れたレコメンデーションシステムの強みを
最大限に引き出せるからである。
ところが、マス生産・マス販売の時代に組
織を肥大化させた企業は、一律一様の対応
しか学んでおらず、市場が飽和して、再び
個別対応が求められるようになった今、個
別対応能力を身に付けることに四苦八苦し
ている。しかも、もはや膨大な顧客を抱え
る企業にとって、人の頭脳だけに依存する
ことは不可能であり、コンピュータの力を
借りざるを得ない。しばしば、CRMのIT的な
側面が強調されがちな理由がここにある。
しかし、残念ながら、コンピュータは、記
憶容量・処理能力こそ大きいが、まだまだ
人の頭脳ほど柔軟で複雑な処理はできない。
また、結局のところコンピュータを使うの
は人である。したがって、人の処理能力の
限界がコンピュータの処理能力を制限して
しまうのである。
法政大学教授の小川孔輔氏は、顧客1人ひ
とりに対して個別対応できるのは、顧客数
にして5-10万人ではないかと述べている。
通信販売企業が売上げ100億円の壁をなか
なか越えられないのも、こうした、いわば
CRMの統制範囲(Span of Control)の制約
のためかも知れないと言う。
こうしたことを考えると、これからは中小
企業の時代であるという認識は、うなずけ
る指摘ではある。しかし、大手企業でも、
当面は失敗を重ねるかもしれないが、CRMの
統制範囲の制約を克服する方法を見出し、
CRMを実現する企業が少しずつ増えていくだ
ろう。
ともあれ、大手企業に取っては、CRMの本
質である「個別対応能力」の習得は極めて
難度の高いスキルであり、じっくりと腰を
すえて取り組むべきであることには違いな
い。なかなか成功事例がない、失敗事例ば
かりだ、ということをCRMをやらない逃げ
口上にしてはならないと思う。
*統制範囲(Span of Control)とは、通
常は、1人の管理職が管理できる部下の数
(8-10人)のことを意味する経営用語
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